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2007年12月31日 (月)

入院生活@助産院

赤ちゃんとのおっぱい生活が始まりました☆

出産日を含めて5日間の入院生活でした。助産院では、バースプランに加えて入院中の希望も聞いて下さるので食事面も安心していました。

全部の食事ではありませんが、写真に残してみました。

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毎食野菜たっぷりでボリューム満点の心のこもった温かい手作りです。お肉やかつおだしは除いてくれました。乳製品はおっぱいの出が悪くなるため出していないそうです。ほんとに美味しくて全部ぺろりと平らげていたマスカットです。

出産後3時間は横に寝たままで、1時間後と3時間後に出血の状態と子宮収縮具合をチェックされるんですが、毎回助産師さんに『戻りが良いですね~』と言われるので、なんだか嬉しかったです。これもマクロビオティックを取り入れた食生活のお陰なのでしょうか!

家族の宿泊は不可だったので出産当日から夜は一人です・・

『きさぼんが泣いたらどうしよう~』とか、『上手くおっぱいあげられるかな~』とか変に緊張してすやすやと隣で眠るきさぼんの顔を見ながら、初日はなかなか寝付けませんでした。

そんな母となってきさぼんと初めて過ごす夜、夜中の0時位に彼女はとても苦しそうな唸り声を上げて羊水(って後で知りました)を吐きました。新米母は驚いて、緊急コールしちゃいました。このか弱い小さな命がほんの些細な親の不注意で消えてしまうような不安が湧き上がり怖くなりました。

赤ちゃんの胃に溜まった羊水は徐々に吸収されていくはずだそうですが、吐きもどす事もよくあるみたいです。

二日目から、本格的におっぱい生活に入りました。

きさぼんは比較的、おっぱいをくわえるのが上手ね、と助産師さんに言われましたが、新米母は、上手にくわえさせるのに一苦労です。しかも新生児とは言えすごい力で乳首を吸われるため、先端から血が出るし薄皮も剥けました・・・そんなに簡単に行くはずないと予想はしていましたが、傷が治るまで痛い痛いの連続でした。助産師さんがユキノシタという薬草を採ってきてくれたんですが、カレンデュラクリームの効果はてきめんでした。傷がくっつくのが早かったです。ラノリン+ラップよりも効いたと思います。

二日目の夜も、きさぼんの寝顔を見ている事が幸せで嬉しくて、あまり眠れませんでした。ちゃんと睡眠をとらないとおっぱいが出ないのに、、、

三日目朝の検診で、会陰の傷を留めていたクリップ(助産院では医療行為ができないので縫いません)を外してもらいました。傷の回復も順調で、私にとっては傷よりもクリップの金具の方が痛いくらいでした。

四日目もまだ、おっぱいがうまくいかなくて(涙)、きさぼんの体重減少が心配と言われました。痛くて5分も続けられないのできさぼんもかわいそうでした。糖水をゴクゴク飲むきさぼん。。甜菜糖ですが、あまりあげたくは無かったです。翌日の退院前検診で体重が出生時よりも10%以上減少していてミルクを足すことを勧められました。ここが助産院でなく病院だったなら、即座にミルクを足さなければいけないそうですが、三日間の猶予をもらいました。

五日目。もう退院ですよー。あっという間。これからかりんとときさぼんと三人の生活が始まると思うと、嬉しいよりもちょっと不安が多かったかな。「何かあったらどうしよう・・」ってね。でも今思うととにかく泣いたらおっぱい、で何とかなりました。

休暇を取って迎えに来てくれたかりんとが沐浴の指導を受けて退院です。

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2007年12月28日 (金)

赤ぼんとのお産<出産>

妊娠期間40週と1日を経て女の子が誕生しました

003 きさの と名付けました。

破水から陣痛が順調に始まって約10時間で外に出てきてくれました。

赤ちゃんが外に出たいと思わないと陣痛を起こすホルモンが出ないので、マスカットさんはすぐに陣痛が始まって良かったね、と助産院の院長に言われました。でも痛かった~!忘れないうちに記事にします。(今日はあっという間に12月28日なのです!)

今までは『赤ちゃんが降りてくる陣痛』→これからは『赤ちゃんが出てくる陣痛』です。いきんでも良い段階に入ったものの、今までのクッションにもたれかかる姿勢では進行がゆっくりになってしまうため、天井から綱が下がっているおトイレへ・・・

おトイレなんてびっくりですけど、本来の目的には使わない、お産専用のおトイレです。300Kgまで耐えられる綱を引っ張って、陣痛の波に乗っていきむんです。陣痛の合間に助産院のスタッフの方がつきっきりでハーブティを飲ませてくれたり、かりんとが甘栗を食べさせてくれたり、出てくる陣痛の時はかなり意識が朦朧としていました。

綱につかまってまっすぐにいきむように導かれるんですが、腰への激痛でどうしても体がよじれてしまい、うまくできなかったことが悔しくて・・・「うまくいきめないです(涙)」とぼんやりした意識の中で何度も言っていました。

やはりおトイレでの陣痛がだいぶ効果的で、ほどなく赤ぼんの頭が見えてきました。(記憶はあいまいですが、そんなに長くなかったような・・)そこで次はバースツールというヨーロッパで発案された座面の無いイスのようなものに腰かけていよいよ最終段階です。

この頃にはかなりいきみ疲れで、足がフラフラになっていました。バースツールへの移動もかりんとに抱えられながらでした。私の体力の底が見えていました。

不思議な事に、バースツールに移動してからは全然痛みの記憶がありません!本当に痛くなかったんですね。以前検診の時に私の骨盤は入口は狭いけど出口は広いよ、と言われた事が思い出されます。

かりんとに背後から支えられる姿勢で一度に2~3回いきんで頑張りました。赤ぼんを取り上げてくださる態勢の院長先生が「上手いよー!」と褒めてくれるので最後の力を振り絞って頑張りました。いきむ時に耳元でかりんとが「頑張って」と応援してくれているのがやけにはっきりと記憶に残っています。「もうだいぶ赤ちゃんの頭が見えていますよ~、あとちょっと!」と言われたのでどのくらい見えているか聞いたら、”ゴルフボール大”と・・・まだまだじゃん。。。とかりんとも心の中で落胆していたそうです。

赤ぼんの頭がようやく出てきたところでつっかえるので、本当に早く終わらせてしまいたい!と3回くらいいきんだかな、、もっとだったかも知れませんが、頭がちゅるりと出たな~と思ったら肩がつかえることも無く、ちゅるちゅるすっぽん!!と赤ぼんの全身が落ちてきました。

すぐにバースツールから降ろされて寝かされました。(ここから3時間は起き上がってはだめなんです)最初は泣き声が聞こえなかったけど数秒後に横になった私の胸にくる前には泣き出しました。

助産師さんがかわいい泣き方するねーと開口一番仰っていたので、女の子なのかな?とぴんと来たんですが、かりんとが性別を確認して、ちょっとほっとしたような表情をしていました。かりんとは女の子がいいな、と以前言っていたので。私はお腹の中でやたらに暴れる赤ぼんを男の子じゃないかな、と内心予想していたのですが、外れでした。

こうして、呼吸法を練習していなかった私ですが、助産師さんの素晴らしいリードで無事にお産が終わりました。会陰もゆっくりと伸びるようにマッサージしていたので、最後に赤ぼんが出てくるときに一か所切れただけでした。切れた時も全然痛くなくて、クリップで留めている産後3日間の方が痛かったくらいでした。

赤ぼんも狭い産道をくぐりぬけて来てくれたんだと思うと、本当に温かい気持ちになりました。

産まれてきてくれてありがとう!私たち夫婦のところに来てくれてありがとう!と。

私もかりんとも『よく無事に産まれてくれたね、いい子だね』とすやすや眠るきさぼんに毎日話しかけています。

出産は終わり(ゴール)ではなく、果てしない育児の始まりですね。これから頑張ります。

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